2012年の総選挙で衆議院議員に初当選して以来、自由民主党に所属し、法務副大臣や党の要職を着実に務めてきた津島淳氏。その政治スタイルは、派手なパフォーマンスを好まず、政策の整合性と実務の積み上げを重んじる堅実派として知られる。
この姿勢は、大蔵官僚出身で社会保障政策の論客として鳴らした父・津島雄二氏の背中を忠実に追ったものだ。津島派を率いた父から受け継いだのは、強固な後援会組織だけではない。「現場の声を聞き、制度の綻びを直す」という冷徹なまでの実務家精神こそが、永田町で生き抜くための最大の武器となった。
祖父・太宰が人間の心の闇や弱さを言葉で暴き立てたのに対し、孫である淳氏は法律と政策という現実の枠組みで人々の生活を守ろうとする。表現の手法は正反対だが、人間そのものを深く見つめようとする視座には、どこか通底する親和性が感じられる。