伊佐須美神社が誇る強烈なご利益の背景には、日本の古代史に直結する重厚な歴史由緒が存在します。社伝によれば、第10代崇神天皇の御代、北陸道と東海道へ派遣された四道将軍の大毘古命(おおひこのみこと)と建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)の父子が、この地で行き会ったことから「会津」の地名が生まれたと伝えられています。
この二柱の将軍が国家鎮護のために国土創成の神である伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)を祀ったことが、当社の起源です。欽明天皇13年(552年)に現在の会津美里町宮林へ遷座して以来、歴代領主である葦名氏、伊達氏、蒲生氏、そして保科・会津松平家に至るまで、名立たる武将たちが領民の安寧と武運長久を祈願し続けてきました。
伊佐須美神社の神徳が多岐にわたり、かつ強力である理由は、この「四柱合祀」の神格構造にあります。日本列島と神々を生み出した夫婦神の霊力による縁結び・夫婦円満・家内安全の力と、未開の地を切り拓き平和をもたらした親子将軍の開拓霊力による強運・厄除け・勝運・道開きの力が重なり合うことで、他に類を見ない包括的なご神威が発揮されるのです。