平安文化を語る上で避けて通れないのが、極めて独特な平安貴族の化粧法です。なかでも現代人が最も衝撃を受けるのが「引眉(ひきまゆ)」と「お歯黒(おはぐろ)」の風習でしょう。
引眉と置き眉は、思春期を迎えた貴族女性が地眉を毛抜きで完全に抜き去り、額の上部に墨で丸い眉を描き足す手法です。この儀礼には、感情の起伏を他者に悟らせないという「貴族のたしなみ」の意味がありました。人間の眉は怒りや悲しみを最も雄弁に語るパーツです。地眉を消し去ることで、常に感情を乱さない優雅な仮面を手に入れたのです。さらに、前述した薄暗い室内において、額の上部に眉を配置することで、顔全体の縦の余白を美しく見せる視覚的リフトアップ効果も狙っていました。
そしてお歯黒の理由には、審美面と実用面、さらには民俗学的な意味合いが重層的に絡み合っています。 お歯黒の原料は、酢や酒粕に鉄くずを漬け込んで作った「鉄漿水(かねみず)」に、タンニンを主成分とする生薬「五倍子粉(ふしこ)」を混ぜ合わせたものです。これを歯に塗布すると強力な被膜が形成され、虫歯予防や歯槽膿漏の予防に絶大な医学的効果を発揮しました。
美的な観点から見れば、当時の粗悪な白粉(鉛白粉や水銀白粉)を顔全体に塗りたくることで、相対的に生身の歯の黄ばみが強調されてしまうのを防ぐ目的がありました。漆黒に塗り潰すことで、口を開けた際に歯並びの不揃いや変色を目立たなくさせ、陰影の中に口元を溶け込ませたのです。また、黒は「決して他の色に染まらない」ことから、夫への貞節を誓う心理的・社会的なマーカーとしても機能していました。
【プロの結論】身体社会学の視点から見出すべき「ルッキズム」への処方箋
平安時代の美意識を単なる「過去の奇妙な風習」として片付けるのは早計です。身体社会学の観点から分析すれば、美の基準とは普遍的な自然現象ではなく、常にその時代のテクノロジー、住環境、そして権力構造が作り出す「人為的なコード」に過ぎないという真理が見えてきます。
現代社会では、SNSの高解像度カメラや強いLED照明の下で、毛穴の凹凸やフェイスラインのミリ単位のたるみが可視化され、小顔や痩身への過度な執着が生み出されています。しかし、平安貴族たちが暗闇と御簾という物理的な境界線(バウンダリー)を利用して「あえて素顔を隠し、内面の教養や香りで他者を惹きつけた」知恵は、ビジュアル至上主義に疲弊した現代人に強烈な示唆を与えてくれます。見た目のスペックだけで人間を序列化するのではなく、立ち居振る舞いや言葉遣い、教養の厚みといった「不可視の魅力」に重きを置く姿勢は、成熟した人間関係を築く上で今なお有効な視点と言えます。