年少リングの制作現場は、法務教官の厳しい監視の目をかいくぐる極度の緊張感と、気が遠くなるような単純作業の連続です。施設内には工作機械はおろか、刃物やヤスリなどの金属加工道具は一切存在しません。少年たちは支給される生活用品を極限まで転用し、数週間から数カ月をかけて指輪を削り出していました。
代表的な制作手法として伝承されているのが洋食用スプーンを用いる方法です。食事の配膳や片付けの隙を突き、柄の部分を少しずつ折り曲げて金属疲労で切断。居室のコンクリート床や敷居の石段、あるいは爪切りについている微小なヤスリに擦りつけ、指の形に合わせて円形に叩き伸ばしていきます。仕上げには、歯磨き粉やタバコの灰(当時)、布の端切れを使って鏡面状になるまで磨き上げるという、過酷な執念の結晶でした。
また、より硬質な素材として500円玉や100円玉などの硬貨を流用する手口も存在しました。硬貨の中央に釘やコンクリートの破片で穴を開け、靴の踵や木枠で周囲を均等に叩き続けることで、文字を潰しながらリング状へと成形していく手法です。手記によれば「指の皮が擦り切れて血豆だらけになりながら、就寝後の暗闇の中で毛布を被り、音を立てずに何千回も叩き続けた」という壮絶な証言が残されています。