都内のもの忘れ外来を取材すると、30代から50代の働き盛り世代から「大事な約束をうっかり忘れてしまう」「最近、仕事の抜け漏れが急増した」という切実な相談が急増しています。しかし、その大半は病的な異常ではなく、現代的な環境要因による一時的な機能低下です。
医学的に極めて重要なのが、加齢や疲労に伴う「良性の物忘れ」と、アルツハイマー型認知症などに代表される「病的な短期記憶障害の症状」の峻別です。物忘れと認知症の違いを見極める決定的な指標は、「体験の一部を忘れているのか、体験そのものが抜け落ちているのか」にあります。
「昨日の晩ごはんで何を食べたか思い出せない」という状態は、食事をした事実を自覚しており、ヒントを出されれば「ああ、カレーだった」と思い出せます。これは脳内の検索・想起スピードが落ちているだけで、短期記憶から長期記憶への書き込み自体は完了しています。一方で認知症の初期症状では、「食事をしたこと自体」が海馬で記録されず、記憶から完全に消失します。ヒントを出されても「私は食べていない」と本気で主張するのが特徴です。
日常において短期記憶が低下する理由の筆頭として、臨床医が警鐘を鳴らすのは「慢性的な睡眠不足」と「スマートフォンの過剰接触による脳過労」です。睡眠中、特に深いノンレム睡眠の段階において、海馬に蓄えられた短期データが長期記憶へと整理・統合されます。睡眠時間が削られると、前日の未整理データがメモ帳に残ったまま翌朝を迎えることになり、新しい情報を書き込むキャパシティが物理的に消失してしまうのです。