同潤会とは何だったのか?震災復興から表参道ヒルズ誕生の歴史と現在

同潤会とは何だったのか?震災復興から表参道ヒルズ誕生の歴史と現在

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日本全国の建築ファンや文化人から保存を熱望されながら、なぜ同潤会アパート群は解体されなければならなかったのか。その背景には、避けては通れない構造的老朽化と現代都市の防災基準という重い現実がありました。

解体の最大の引き金となったのは、コンクリートの中性化による構造劣化と配管類の限界です。大正から昭和初期に打設されたコンクリートは、70年以上の歳月を経て雨水や排気ガスに晒され、内部の鉄筋にサビが生じてコンクリートの爆裂現象が各地で頻発していました。さらに、給排水管の多くがコンクリート躯体に直接埋め込まれていたため、配管のみを現代基準に交換更新することが技術的・コスト的に不可能だったのです。

また、エレベーターのない階段室型の3階建て構造は、昭和後期から平成にかけて進行した住民の高齢化にとって過酷な生活障壁となっていました。水洗トイレはあっても各戸に個別の風呂がない住戸が多く、冬の寒さや結露、隙間風といった居住性の低さも深刻化していました。

同潤会青山アパートの再開発事業では、1990年代半ばから住民、事業者、建築家、市民の間で激しい議論が巻き起こりました。「都市の貴重な近代遺産を壊すのか」という反対の声に対し、地元地権者からは「毎日の生活が成り立たない。地震が起きたら倒壊の危険がある」という切実な声が上がったのです。協議は難航を極めましたが、建築家の安藤忠雄氏による設計案のもとで合意形成が図られました。

2006年に誕生した表参道ヒルズは、ケヤキ並木の高さを超えないよう地上3階・地下3階の低層構造に抑えられ、建物の屋上には並木の緑と連続する屋上緑化が施されました。そして敷地の東端に、青山アパートの記憶を物理的に継承する「同潤館」が復元されたのです。街の歴史と記憶を商業空間の中にどう残すかというテーマに対し、一つの解答を示した都市再生プロジェクトでした。

森 瞳
著者

森 瞳

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