発達障害の発現メカニズムを理解する鍵は、「ポリジェニック・リスク(多遺伝子リスク)」と「環境要因」の相互作用にあります。医学界において、誰か一人を指さして「この遺伝子が原因だ」と断定できるような単一障害遺伝子は、脆弱X症候群や結節性硬化症といった稀な症候群性疾患を除いて見つかっていません。
人間の脳機能や気質の形成には、何万もの遺伝的バリエーションが関わっています。注意力の持続、衝動性のコントロール、社会的合図の読み取りといった能力は、連続的なグラデーション(スペクトラム)を描いて存在します。誰もが少しずつ持っている「神経発達の個性に関わる遺伝子変異」が一定数以上集まり、閾値を超えた場合に、臨床的な診断基準を満たす状態が現れると考えられています。これが多因子遺伝モデルの本質です。
同時に見逃せないのが、遺伝子配列そのものを変えずに働きを変化させるエピジェネティクスや、受胎時から出生後の環境要因です。医学研究で指摘される非共有環境の要因には、次のようなものがあります。
- 周産期・胎内環境因子:極低出生体重(1,500g未満)、著しい早産、子宮内感染、胎盤機能不全による胎児低酸素状態
- 親世代の生物学的背景:両親の高年齢出産(精子や卵子の加齢に伴うコピー数変異やde novo点変異の蓄積)
- 化学物質・医薬品曝露:妊娠中における特定の抗てんかん薬(バルプロ酸ナトリウムなど)の服用
ここで決定的に重要な事実は、「親の愛情不足」や「幼少期の厳しすぎる・甘すぎるしつけ」は環境要因に含まれないという点です。かつて1950〜60年代の精神医学界を覆った「冷淡な母親の養育態度が自閉症を生む」という「冷蔵庫マザー(Refrigerated Mother)仮説」は、現代医学において完全な誤謬として葬り去られています。育児手法が発達障害の根本原因になることは科学的にあり得ません。