なぜメガネは丁寧に直しても、再び重力に負けて滑り落ちてしまうのでしょうか。眼鏡作製技能士への取材によると、メガネは本来「鼻梁(びりょう)」と「左右の耳介(じかい)」の計3点で重量を均等分散させる構造になっています。この力学的バランスが崩れると、テコの原理によってレンズ側の重量が前方に傾き、ズレ落ちが発生します。主な要因は大きく3つに分類されます。
第1の要因は、物理的なフィッティングの狂いとテンプルの開きです。メガネを日常的に片手で着脱する習慣があると、片側のテンプル(つる)の外側に過度なトルクがかかり、フロントの水平角が狂います。側頭部を包み込むホールド力(抱え込み幅)が広がると、耳の後ろにかかる摩擦抵抗がゼロになり、レンズの重みだけで前方へ滑り出します。
第2の要因は、皮脂によるメガネのズレと接触面の摩擦抵抗の低下です。鼻パッドが当たる鼻骨周辺(鼻堤部)は、Tゾーンに位置し皮脂腺が密集しています。皮脂膜が形成されるとシリコンやアセテート樹脂と皮膚との摩擦係数は著しく低下し、本来の保持力を発揮できなくなります。特に午後になるとズレやすくなるという訴えの約70%以上は、この皮脂膜の発生とパッドの汚れが主因です。
第3の要因は、メガネネジ緩み締め方の不備やフレーム自体の熱変形です。蝶番(ヒンジ)部分の小ネジは、開閉動作に伴い数カ月で確実に緩みます。加えて、プラスチック素材(アセテートやセルロイド)は体温や外気温の影響を受けて徐々に外側へと広がっていく物性を持っています。これらが複合的に作用することで、新品時のタイトなフィット感が失われていきます。