松任谷由実さんの音楽キャリアは、少女時代からの卓越した才能から始まりました。生家は東京都八王子市の老舗呉服店。幼少期からピアノや三味線に親しみ、10代半ばには当時の先鋭的なアーティストたちが集う伝説のレストラン「キャンティ」に出入りするなど、極めてハイセンスなカルチャーを吸収して育ちました。
1972年7月5日、多摩美術大学在学中に「荒井由実」名義のシングル『返事はいらない』でプロデビュー。翌1973年にリリースされたファーストアルバム『ひこうき雲』は、早熟な死生観と瑞々しいメロディセンスが融合した歴史的名盤として今なお絶賛されています。
その後、『MISSLIM(ミスリム)』(1974年)、『COBALT HOUR(コバルト・アワー)』(1975年)と名作を連発。『あの日にかえりたい』『ルージュの伝言』などの大ヒットにより、日本の音楽シーンに「ニューミュージック」という新ジャンルを決定づけました。
1976年に音楽プロデューサーの松任谷正隆氏と結婚し、アーティスト名を「松任谷由実」へ改名。1980年代から1990年代にかけては『NO SIDE』『天国のドア』をはじめとするミリオンセラーを次々と記録し、「冬のリゾート=ユーミン」「恋愛の教祖」として社会現象を巻き起こしました。前人未到のアルバム売上記録を打ち立て、日本音楽界の歴史そのものを更新し続けています。