1964年大会は、日本のグラフィックデザインや視覚文化が世界の頂点に立った瞬間でもありました。言葉の壁を越えて世界中の選手や観光客に情報を伝えるため、アートディレクターの勝見勝氏を中心とする若手デザイナー集団が開発したのが世界初の競技ピクトグラムです。文字に頼らずアイコンだけでトイレや案内所、各競技種目を伝えるこの画期的なサインシステムは、デザイナー陣が無償で著作権を放棄したことで、現代の国際標準(ISO)へと発展していきました。
また、日本宣伝美術の金字塔となったのが、亀倉雄策氏が手がけた公式ポスターです。巨大な日の丸をシンプルに配置した第1号ポスターや、陸上短距離選手の緊迫したスタートダッシュをハイスピードカメラで捉えた第2号ポスターは、世界中で絶賛を浴びました。
10月10日の開会式では、広島に原爆が投下された日に生まれた陸上選手・坂井義則氏が最終聖火ランナーとして聖火台への階段を駆け上がり、平和の再生を象徴しました。さらに航空自衛隊「ブルーインパルス」が国立競技場の上空に描いた見事な五輪のスモークアートなど、緻密で洗練された開会式の演出は、日本の高い技術力と美的感覚を世界に強烈にアピールしたのです。