「大友克洋は未来視の能力を持っていたのではないか」「オカルト的な結社から情報を得ていたのか」といった極端な噂がネット上に浮上することもあります。しかし、関係者の証言や大友克洋氏本人が過去の特別インタビューや座談会で語ってきた制作の背景を丹念に追うと、浮かび上がるのはオカルトとは対極にある「冷徹な歴史の反復性への洞察」です。
大友克洋氏が『AKIRA』の構想を練った1980年代前半、日本は高度経済成長の果てにバブル経済の前夜を迎えていました。戦後生まれである大友氏の脳裏に焼き付いていたのは、1964年の東京オリンピックです。敗戦と焦土から立ち上がり、新幹線を開通させ、首都高速道路を張り巡らせて「復興」を世界に誇示した1964年の一大祝祭――。国家が求心力を失いかけたり、社会システムが制度疲労を起こしたりした際、日本の政治指導者が選ぶ手段は「再び巨大な祝祭を誘致して都市を再開発すること」であるという確信が、作者の中にありました。
つまり、作中の「2026年東京オリンピック」は、未来を予知して書かれたのではなく、「戦後復興の成功体験にすがる日本型システムが、破局の後に再び同じ祝祭を招致するはずだ」という社会構造の必然から逆算された舞台装置でした。現実の日本政府や東京都が東日本大震災からの「復興五輪」をスローガンに掲げて2026年招致を勝ち取ったプロセスは、まさに大友氏が作中に投影した「国家の欺瞞と祝祭への逃避」そのものだったわけです。
また、看板に描かれた「中止だ中止」という落書きについても、当時の大友氏が肌で知っていた1960〜70年代の安保闘争や全共闘運動の熱気、そして社会インフラの巨大化に対する民衆の反発が自然にペン先から滲み出たものでした。未来を「当てた」のではなく、「人間と国家が歴史上くり返してきた行動パターンを精緻にトレースした結果、現実が作品を後から追いかけてきた」というのが、ジャーナリズム的検証から導き出される真実です。