伊勢佐木町の歴史を語るうえで、昭和という時代が遺した強烈なエネルギーを無視することはできません。明治初期に港崎遊郭(みよざきゆうかく)の移転と埋め立てによって誕生したこの地は、大正・昭和初期には「ザブラ(伊勢佐木町をぶらつくこと)」という流行語を生み出すほど、横浜随一の先端流行発信地として君臨しました。
戦後の接収解除を経て、1968年に発表されたのが、青江三奈さんのハスキーボイスが響く名曲『伊勢佐木町ブルース』です。ため息から始まる鮮烈なイントロは日本中を席巻し、街の名を全国区の歓楽街として決定づけました。現在もイセザキ・モール4丁目には「伊勢佐木町ブルース歌碑」が静かに佇んでおり、銘板のボタンを押すと今なおあの艶やかなメロディが通りに響き渡ります。かつて特番インタビューで青江さんが語った「伊勢佐木町は、酸いも甘いも噛み分けた大人が集う街」という言葉通り、この通りには単なる繁華街を超えた哀愁と包容力が息づいています。
さらに、平成の音楽シーンを牽引したフォークデュオ「ゆず」が、メジャーデビュー前に旧松坂屋横浜店(現在のカトレヤプラザ伊勢佐木)の前で毎週路上ライブを行っていた逸話も有名です。昭和歌謡の成熟した夜の情緒と、平成の若者が鳴らしたアコースティックギターのストリートカルチャー。これらが重なり合っていることこそが、伊勢佐木町 歴史 昭和から脈々と続く独自のアイデンティティとなっています。