なぜ作詞家たちは、学校を舞台にした青春ソングにこれほどまでに「坂道」を登場させるのでしょうか。近代詩やポップスの歌詞構造を分析すると、平坦な道にはない「ドラマツルギー(劇的構造)」が坂道という空間に内包されていることが分かります。
第一に、坂道は「時間差」と「心理的距離」の可視化に適しています。登校時に同じ坂を登っていても、前を歩く意中の人との距離が縮まらないもどかしさや、下校時に並んで歩くときの傾斜による歩調の緩やかさなど、感情の揺らぎを自然描写として表現できます。
第二に、学校という閉ざされた社会から外の世界へ羽ばたく「境界線(バウンダリー)」の役割です。学校の門を出て坂道を下る行為は、規律に縛られた日常から自由な個人の時間への移行を意味し、逆に坂を登る行為は社会性や試練に向き合う姿勢を暗示します。坂道グループの楽曲群においても、グループが掲げる「坂を登り続ける成長ストーリー」と、思春期の主人公が抱く反抗心や葛藤が巧みにクロスオーバーして描かれています。