先斗町歌舞練場の建築的価値を語るうえで欠かせないのが、設計を手掛けた建築家・木子七郎(きご しちろう)の存在です。愛媛県庁本館や萬翠荘を手掛けた名匠として知られる木子は、1927年(昭和2年)の建設にあたり、当時最先端だった鉄筋コンクリート造(地上4階・地下1階)を採用しました。
外観の大きな特徴は、鴨川側・先斗町通側の双方に見られるスクラッチタイルの陰影と、屋根の頂部に鎮座する中国の霊鳥「鸞(らん)」をかたどった鬼瓦風のテラコッタ装飾です。「劇場の繁栄と無火災を祈願する」象徴として配置されたこの意匠は、西洋のアール・デコ様式と東洋の伝統文様が見事に調和した近代和風建築の傑作と評されています。
内部ロビーに足を踏み入れると、昭和初期のステンドグラス、幾何学模様をあしらった格天井、当時の職人技が光る手すりや照明器具が往時のモダンな空気をそのまま伝えています。単なる芝居小屋にとどまらず、近代京都における都市文化の成熟を物語る貴重な遺構です。