日光二荒山神社の歴史を語る上で欠かせないのが、奈良時代の僧・勝道上人(しょうどうしょうにん)の存在です。公式の由緒や各報道機関の歴史検証番組によると、勝道上人は天平神護2年(766年)に日光山を開山し、幾度もの困難を乗り越えて男体山への登頂を果たしたと伝えられています。
Wikipediaなどの歴史資料によれば、現在の別宮である本宮神社にあたる祠が最初期の祭祀の場だったとされ、勝道上人は延暦元年(782年)に二荒山(男体山)登頂に成功。そこに奥宮を建て、二荒修験の基礎を築いたとされています。その後、神仏習合の霊場として栄え、日光山全体が「日光三山」と呼ばれる男体山・女峰山・太郎山を中心とした信仰の山として発展していきました。
日光二荒山神社の主祭神は、招福や縁結びの神様として名高い大己貴命(おおなむちのみこと)。これは出雲大社の大国主神と同一神とされ、良縁成就や夫婦円満、商売繁盛など幅広いご利益があるとされています。さらに、田心姫命(たごりひめのみこと)、味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)を合わせた三神が祀られています。
日光旅ナビ(日光市公式観光サイト)の解説にもあるように、二荒山神社は日光山信仰の始まりとなった古社であり、古くから下野国の一の宮として崇敬されてきました。2026年現在も、境内には本社(拝殿・本殿)をはじめ、別宮、朋友神社、日枝神社、大国殿など多くの社殿が点在し、それぞれに異なる神様が祀られています。特に「縁結びの大国様」として親しまれる大国殿は、若い女性やカップルからの参拝が後を絶ちません。