事件の発端は2007年3月20日、JR行徳駅周辺で市橋達也がリンゼイ・アン・ホーカーさんに「英語を教えてほしい」と声をかけたことでした。名門リーズ大学を優秀な成績(第一級名誉学位)で卒業し、教育への情熱を胸に来日していたリンゼイさんは、市橋の執拗な懇願に応じる形で後日、駅前の喫茶店でレッスンを行う約束を交わしました。
事件当日の2007年3月25日、喫茶店でのレッスン後、市橋は「レッスン料を忘れたので自宅に取りに来てほしい」と偽り、リンゼイさんを千葉県市川市福栄の自宅マンションへ誘い込みました。室内で市橋は突如豹変してリンゼイさんを拘束・暴行し、翌3月26日にかけて窒息死させました。市橋は遺体をベランダに運び出し、園芸用の土と発泡スチロール、砂を敷き詰めた浴槽内に埋め隠蔽を図ったのです。
同日夜、リンゼイさんの同僚からの行方不明届を受けてマンションを訪れた千葉県警の捜査員複数名の追手を、市橋は非常階段を駆け下りて素足のまま逃走しました。警察の初動捜索における重大な失策として厳しく批判を浴びる中、全国指名手配と異例の長期逃亡劇が幕を開けました。