爪部悪性黒色腫を疑う上で、皮膚科学の世界で最も決定的な臨床所見とされているのが「ハッチンソン徴候(Hutchinson's sign)」です。爪は「爪母基(そうぼき)」と呼ばれる皮膚の奥深くにある組織で作られますが、悪性化したメラノサイトが増殖すると、爪甲(硬い爪の板)の内部だけにとどまらず、爪の根元の皮膚(後爪郭)や甘皮(上爪皮)、さらには指の腹側の皮膚にまで黒褐色の色素が漏れ出します。
良性の爪甲色素線条では、色素が爪甲にのみ乗って成長するため、周囲の生きた皮膚に色素が沈着することはありません。爪の黒い線に加えて「甘皮や指の皮膚まで黒く染まってきた」状態が確認された場合、それはハッチンソン徴候が陽性であることを示し、メラノーマが表皮内から周囲組織へと浸潤し始めている強い警戒シグナルとなります。
また、爪の黒い縦線の初期症状として見逃されやすいのが「爪の物理的変化」です。悪性細胞が爪母基の構造を破壊し始めると、線が入っている部分に一致して爪が縦に割れる(爪甲縦裂症)、爪の表面が凸凹に盛り上がる、あるいは爪の一部が浮き上がるといった変形が起こります。痛みや痒みといった自覚症状が初期段階では一切生じない点こそが、メラノーマが「沈黙の悪性腫瘍」と呼ばれる所以です。