なぜ「一」という単純極まりない漢字一文字が、苗字として成立したのでしょうか。難読苗字一のルーツを紐解く鍵は、明治時代初期の国家的な転換点にあります。
日本の苗字は、その8割以上が「山田」「田中」「佐藤」のように漢字2文字で構成されています。苗字一文字珍しい理由は、古代の部民制や中世の武士団が地名(荘園名)や地形、屋号を組み合わせて家名を名乗った歴史に起因します。「山」の「田」や「井」の「上」といった2音節以上の土地描写が定着したため、漢字一文字の苗字は日本全体でも数パーセントに過ぎません。
決定打となったのは、明治8年(1875年)に布告された「平民苗字必称義務令」でした。それまで公の場で苗字を名乗ることを許されていなかった農民や町民が、わずかな期間で全員名字を届け出ることを義務付けられた歴史的経緯があります。
この際、急な命令に困り果てた庶民に対し、地域の庄屋や寺子屋の師匠、役場の戸長が知恵を貸しました。江戸町人文化の中で流行していた謎解きゲーム「判じ物(はんじもの)」の知性を受け継ぎ、「数字の2の前だから『一』と書いて『にのまえ』と読ませてはどうか」と提案したのが発祥とされています。言葉遊びの粋(いき)とユーモアを戸籍という公的台帳に刻み込んだ、極めて日本的な文化遺産と言えます。