組織を追われたポール・ワトソンは、自らの名を冠した新団体キャプテン・ポール・ワトソン財団(CPWF)を立ち上げ、再び過激な活動への回帰を試みました。しかし、その無謀な試みは思わぬ形で暗礁に乗り上げます。
2024年7月21日、ワトソンは北極海で日本の新捕鯨母船「関鯨丸」の妨害航海に向かう途中、給油のために立ち寄ったデンマーク自治領グリーンランドのヌーク港でデンマーク当局により電撃逮捕されたのです。
逮捕の根拠となったのは、日本海上保安庁が2010年の調査捕鯨妨害容疑(威力業務妨害や傷害、艦船侵入など)で要請し、国際刑事警察機構(ICPO)が発付していた国際逮捕手配書(赤色通告 / 赤手配書)でした。十数年間にわたり法執行の網をすり抜けてきたワトソンでしたが、国際法と主権国家の厳格な手続きからは逃げ切れませんでした。
拘留中、フランスのエマニュエル・マクロン大統領や一部の欧米環境活動家が「環境保護活動家の不当な拘束だ」としてデンマーク側に政治的圧力をかけ、釈放を要求するデモを仕掛ける場面も見られました。しかし、デンマーク司法当局は法治国家としての原則を貫き、身柄拘束の延長を決定。かつてメディアの寵児としてもてはやされたワトソンは、法を軽視した代償を支払わされる形で、活動家人生最大の屈辱を味わうことになりました。