モデルとして頂点を極めた阿部寛氏ですが、1987年の映画『はいからさんが通る』で俳優デビューを飾った直後から、想像を絶する試練が待ち受けていました。
俳優転身の直接的な理由は、「モデルという職業の寿命の短さに対する危機感」と「表現者として自立したい」という強い衝動でした。しかし、当時の芸能界は「モデル上がりの大根役者」という強い偏見が根強く、阿部氏の恵まれたスペック自体が逆風となったのです。
当時の現場証言や本人の告白によると、直面した壁は過酷を極めました。
第一に「189cmという高身長」が災いしました。当時の映画・ドラマ界では、主演女優や共演男優との身長差が大きすぎるとフレームに収まらない、相手役を食ってしまうという理由で、キャスティングから敬遠されたのです。
第二にバブル崩壊と投資の失敗です。モデル時代の収入を元手に購入した投資用マンションの価格が暴落し、数億円とも言われる巨額の借金を背負うことになりました。仕事は激減し、3年近くまともな出演オファーがない期間が続き、生活のためにパチンコ店へ通い詰めて生計を立てていたというエピソードは、自著『アベちゃんの悲劇』でも赤裸々に語られています。