『スーパーカブ』に触れた読者や視聴者が最初に抱く大きな謎が、主人公の名前です。作品を通じて彼女は一貫して「小熊」と呼ばれ、学校の出席簿や日常会話、果ては公的な手続きの場面でも「小熊」以外の名称が登場しません。ファンの間では「小熊は苗字なのか、それとも下の名前なのか」「戸籍上の本名はどうなっているのか」という議論が絶えませんでした。
結論から明かすと、スーパーカブの小熊の本名は、原作者であるトネ・コーケン氏の演出方針により、原作小説が完結を迎えた現在に至るまでフルネーム(姓+名)が一切明かされていません。作中世界の学校において生徒たちは苗字で呼ばれる慣例があるため、「小熊」という珍しい苗字であるという見方が有力ですが、物語の構造上、彼女には「記号的なフルネーム」が意図的に与えられていないのです。家族も親戚もおらず、社会的な繋がりを断たれた存在であることを際立たせる文学的な技法として、ただ「小熊」という個体名のみが刻まれています。
この特異な孤立状態を生み出した元凶が、スーパーカブにおける小熊の母親失踪の真相です。小熊の父親は物心つく前に他界しており、小熊は母親と二人暮らしでした。しかし、高校入学の直後、ある朝目覚めると母親の姿はなく、食卓には「じゃあね」と書かれた走り書きのメモと、当面の生活費となる現金だけが残されていました。親族からの連絡も途絶え、母親は完全に蒸発してしまったのです。
現代の福祉制度の観点から見れば明白な育児放棄(ネグレクト)事案ですが、驚くべきは小熊自身の反応でした。彼女は泣き叫ぶことも、母親を憎悪して取り乱すこともなく、「いなくなったものは仕方がない」と冷淡なまでに事実を直視します。高校が手配した奨学金と母親が残したわずかな貯金を厳格に計算し、公営アパートで淡々と一人暮らしを継続する道を選びました。この異常なまでの自制心と感情の抑制こそが、後の彼女の行動原理の根底に根付くことになります。