当時、オウム真理教による地下鉄サリン事件(1995年)の記憶が生々しかった日本社会において、パナウェーブ研究所は「第二のオウムになるのではないか」と激しい警戒感を呼びました。しかし、詳細な捜査資料や関係者の証言を検証すると、両者には決定的な構造的違いがありました。
最大の違いは、「攻撃性」のベクトルです。オウム真理教が無差別テロや国家転覆を目論む「外向的暴力性」を持っていたのに対し、パナウェーブ研究所の行動原理は徹底して「内向的な過剰防衛」と「被害妄想」に終始していました。
信者たちが必死に行っていた白い布の設置や車列の移動は、外部を攻撃するためではなく、「見えない敵から教祖を守る」という純粋な防衛動機から出たものでした。武器の密造や対外的なテロ計画などは一切存在せず、道路使用許可を巡る警察との小競り合いや車検偽造といった形式犯にとどまったのはそのためです。危険なカルトという側面は持ちつつも、実態は「極度の集団的被害妄想に囚われた閉鎖コミュニティ」でした。