現代の神社仏閣巡りにおいて定番となった御朱印集めですが、千代保稲荷神社では社務所を訪ねても御朱印帳に墨書を押してもらうことはできません。お札やお守り、おみくじの販売すら一切行われていない事実に、初めて訪れた参拝者は戸惑いを隠せません。しかし、この「千代保稲荷神社 御朱印 ない理由」を紐解くことで、この神社が紡いできた高潔な歴史的ルーツが浮かび上がります。
社伝や海津市資料によると、神社の起源は約一千年前の平安時代に遡ります。八幡太郎として知られる源義家(みなもとのよしいえ)の六男・義隆が分家する際、森の姓を賜るとともに、先祖の霊璽(れいじ)、宝剣、そして義家の肖像画を授かりました。その際、「先祖の御霊を千代代々に保っていけ」という訓戒を受けたことが、千代保稲荷の社名の由来となっています。
その後、室町時代の文明年間(1469〜1486年)に子孫である森八海(もりはちかい)が須脇の里(現在の平田町三郷)を開拓し、この地に先祖伝来の霊壺や宝剣を祀ったのが神社の草創とされています。この際、「御神体を商業化せず、お札やお守りを授与して利益を得ることを慎み、先祖代々の御霊をただ純粋に千代に保ち続ける」という厳格な戒律が定められました。
宗教施設が観光化し、限定御朱印や高額な授与品ビジネスへ傾斜する現代において、500年以上にわたり「信仰の換金化」を拒み続ける姿勢は極めて稀有です。お布施やお守り代ではなく、参拝者が自ら持ち寄る「1枚の油揚げ」と「真摯な祈り」のみで神域を護り抜く。この潔い禁欲主義こそが、目の肥えた商人たちから絶大な信頼を寄せられる隠れた要因となっています。