箱根湯本駅周辺の熱気は凄まじい。名物のみやげ物屋には長蛇の列ができ、カフェの一席を確保するのすら一苦労だ。だが、箱根登山ケーブルカーで中強羅駅へ向かい、そこからわずか数分歩くだけで、視界の色彩はガラリと変わる。コンクリートの照り返しは消え、濡れた苔と杉の青い匂いが鼻腔をくすぐる。
この立地そのものが、一種の防波堤として機能している。急勾配の坂道は大型観光バスの進入を拒み、ふらりと立ち寄るだけの観光客をふるい落とす。結果として宿の周辺には、風が梢を揺らす音と野鳥のさえずりだけが残る。都市のノイズで飽和した耳に、この静寂は何よりの贅沢として染みわたっていく。