一部の配信者は自らの活動を、権力に頼らず街の犯罪を追及する「デジタルジャーナリズム」の新たな形態であると喧伝した。ネット技術を駆使して隠れた不法行為を浮き彫りにする行為は、一見すると市民による調査報道の変義形態のようにも映る。
しかし、ジャーナリズムと「迷惑系コンテンツ」を分かつ最大の差異は、公共性の追求と倫理的プロセスの有無にある。検証を欠いた一方的な断罪、モザイク処理のない顔画像の拡散、アルゴリズムの歓心を買うための感情的な煽り演出。これらはデジタルジャーナリズムなどではなく、単なる私的制裁の娯楽化に他ならない。X(旧Twitter)などのSNS上で拡散される刺激的な映像は、人々の正義感を歪ませ、無実の第三者を社会的に抹殺する危険性を常にはらんでいた。