多くの読者が抱く最大の疑問が、「なぜ女はあばら家で突然消えてしまったのか?」「鬼の正体とは何なのか?」という点です。単なる民間伝承の怪物話として片付けることはできません。
「二条の后」藤原高子の奪還劇
『伊勢物語』の主人公のモデルである在原業平は、平城天皇の孫でありながら、薬子の変によって皇統から外れた没落名門の貴公子でした。一方、ヒロインのモデルとされる藤原高子(ふじわらのこうし/たかいこ)は、当時の権力者・藤原良房の養女であり、将来の天皇(清和天皇)の后となるべく厳重に育てられていた超エリート令嬢です。
当時、身分の低かった業平と高子の恋愛は、藤原一族からすれば「国家的な重大スキャンダル」でした。業平は高子を屋敷から連れ出して駆け落ちを図りますが、高子の兄である藤原基経(もとつね)と藤原国経(くにつね)が追跡。芥川付近のあばら家に潜んでいたところを雷雨の夜に発見され、高子は実家へ強制的に連れ戻されてしまったのです。
💡 鬼一口(おにひとくち)というレトリック平安時代の貴族社会において、皇室に嫁ぐ予定の高貴な姫君が男と駆け落ちしたという不祥事は公に記録できません。そのため、「鬼に一口で食われて行方不明になった」という怪異譚のヴェールをかぶせることで、藤原家の体面を守りつつ、物語として昇華させたと考えられています。