日光東照宮の三猿に隠された怖い意味とは?全8枚の物語と顔修復の真相

日光東照宮の三猿に隠された怖い意味とは?全8枚の物語と顔修復の真相

日光東照宮の三猿に隠された怖い意味とは?全8枚の物語と顔修復の真相に関する主要な事実を丁寧にまとめました。専門的な情報をチェックしましょう。

「見ざる・聞かざる・言わざる」というフレーズの源流は、古代中国の思想家・孔子の『論語』顔淵篇にある「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、非礼勿動(礼にあらざれば視るなかれ、聞くなかれ、言うなかれ、動くなかれ)」という教えに遡ります。これが平安時代以降、天台宗の教義や山王一乗神道(さんのういちじょうしんとう)、さらには民間信仰である「庚申(こうしん)信仰」と融合しました。

庚申信仰では、人間の体内にいる「三尸(さんし)の虫」が庚申の夜に抜け出し、天帝にその人の悪事を密告すると信じられていました。この密告を防ぐため、猿(庚申の神使)にあやかり「悪事を見ず・聞かず・言わず」過ごす風習が定着したのです。

では、なぜ神聖な東照宮の馬小屋に猿が彫られたのでしょうか。これには古代からの「猿は馬の健康を守る守護神」という信仰(猿牽き・厩猿信仰)が関係しています。中世から近世にかけて、馬が病気にかからないよう馬小屋の梁に猿の頭蓋骨や絵馬を祀る風習が日本全国に存在しました。名馬を病魔から守る呪術的役割と、人間教育の哲学が、神厩舎という空間で見事に一体化した形です。

さらに、東照大権現として祀られる徳川家康の遺訓とされる言葉――「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず」――に見られる忍耐と自制の精神が、この三猿の戒めにも色濃く反映されています。不要な争いを避け、過酷な乱世を生き抜いて泰平の世を築いた家康の処世術そのものと言えます。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。