日本中が沸き立つ一方で、当事者である大向美咲さんが置かれていた環境は想像を絶する過酷さでした。デビューからわずか数カ月後の2009年秋以降、彼女の姿は徐々に現場から見られなくなり、翌2010年には正式に海女を引退することとなります。
引退の直接的な引き金となったのは、メディアによる過熱報道(メディアスクラム)と一部ファンの過激な行動でした。当時の取材記録や関係者の証言からは、次のような異常な現場実態が浮き彫りになっています。
海女としての作業中だけでなく、着替え場所や移動の車、自宅周辺にまで連日無数のカメラが張り付き、望遠レンズでプライベートを執拗に狙われる事態が日常化しました。素潜りという身体を張った過酷な肉体労働であるにもかかわらず、メディアや観光客の関心は「美貌」「写真映え」「アイドル的な笑顔」に偏重。観光客からの無遠慮なサイン攻めや撮影要求、インターネット掲示板への心ない書き込みや容姿論争が、当時まだ19〜20歳の一般女性であった彼女の心身を限界まで追い詰めていきました。
「伝統を継承し、海女として生きたい」という純粋な志は、巨大な商業的狂騒のなかで押しつぶされ、最終的に彼女自身が自らの心と平穏な尊厳を守るために選んだ唯一の選択肢が「引退」でした。