『卒業』が単なる暴走族や非行少年のプロパガンダソングと一線を画す最大の理由は、その歌詞に込められた極めて内省的な自己批判と哲学的洞察にあります。
曲の冒頭から描かれるのは、「行儀よくまじめなんて 出来やしなかった」という不器用な自己告白と、教師や学校という管理システムへの鋭い違和感です。しかし、尾崎が本当に告発しているのは、学校という物理的な施設だけではありません。
「仕組まれた自由に 誰も気づかずに」「あと何度自分自身 卒業すれば 本当の自分に たどりつけるだろう」というフレーズに象徴されるように、尾崎が警鐘を鳴らしたのは、従順な歯車を量産する社会のシステムと、そのシステムに安住して疑問を持たない人間の危うさでした。
彼が歌った「この支配からの卒業」とは、校舎から逃げ出すことではなく、他者から押し付けられた価値観や、物事を疑うことを放棄した自らの弱さから抜け出すことを意味しています。だからこそ、サビの過激なフレーズを越えた先にあるエンディングで、聴く者は深いカタルシスとともに、自分自身の生き方を鋭く問い直されることになるのです。