「犯罪率の増加は嘘」と証明された一方で、近年大きな注目を集めているのが睡眠医学における月齢の影響です。2021年にワシントン大学、エール大学、アルゼンチン国立キルメス大学の共同研究チームが学術誌『Science Advances』に発表した画期的な論文は、世界中に衝撃を与えました。
研究チームは、人工照明のない先住民族コミュニティから大都市シアトルの大学生まで、多様な環境に住む数百名の被験者を対象にアクティグラフ(活動量計)を用いた長期追跡調査を実施しました。その結果、都市部に住む人々も含め、満月の前の3〜5日間に睡眠時間が最も短くなり、就寝時刻が最も遅くなるという明確なパターンが確認されたのです。満月の夜には平均して睡眠時間が約46〜50分短縮し、深いノンレム睡眠の割合が30%近く減少することが脳波測定でも裏付けられています。
この「満月睡眠不足」こそが、感情の高ぶりを引き起こす生理学的トリガーです。睡眠不足に陥ると、脳の感情中枢である「扁桃体(へんとうたい)」が過剰に活性化する一方、論理的思考や理性的ブレーキを司る「前頭前皮質(前頭葉)」の機能が低下します。その結果、衝動性が高まり、普段なら抑えられる怒りや食欲、性衝動をコントロールしにくくなります。満月の夜に人が感情的になり、自制心を失って「狼になる」感覚を抱く背景には、神秘の超能力ではなく純然たる前頭葉の一時的な機能低下が存在していたのです。