ネット上の情報や広告宣伝において、最も深刻な誤認を生み出しているのが「有機=健康的・自然・安全」「無機=人工的・冷徹・危険」というイメージのすり替えです。
例えば、化粧品や健康食品のマーケティングで多用される「無機顔料」や「オーガニック成分」という言葉。これらに触れた一般消費者は、無意識のうちに「無機物は化学工場で作られた合成物で、有機物は大自然が生んだ優しい産物」と思い込んでしまいがちです。しかし、物質科学の観点から見れば、この二項対立は完全に破綻しています。
代表的な例がプラスチックやナイロンなどの合成繊維です。これらは100%人工的に化学プラントで合成された物質ですが、主成分は炭素が長く連なった重合体(ポリマー)であり、科学的な分類では紛れもない「有機物」です。逆に、何億年もかけて自然界のマグマや地殻変動で生み出された天然鉱物、美しい水晶、砂浜の石英などはすべて「無機物」に属します。
また、有毒性に関しても同様のバイアスが存在します。「有機物は天然だから安全」ということは全くありません。自然界に存在するフグ毒(テトロドトキシン)やトリカブトの毒(アコニチン)は強力無比な有機化合物ですし、逆に病院で点滴として投与される生理食塩水や、毎日飲む水道水は純然たる無機物です。「有機か無機か」という分類は、あくまで原子の組み合わせと結合様式の違いを示すラベルに過ぎず、人体の安全性や人工・天然の区別とは一切関係がありません。