官兵衛の肉体を生涯にわたって蝕み続けた最大の要因は、天正6年(1578年)の「有岡城幽閉事件」に遡る。織田信長を裏切った荒木村重を説得するため単身乗り込んだ官兵衛は捕縛され、約1年間にわたり暗く湿った土牢に閉じ込められた。
この過酷を極めた幽閉生活により、右足の関節が固着して歩行困難(片不全)となり、頭部には重度の皮膚疾患(頭瘡)を患った。日光の当たらない不衛生な環境での極度の栄養失調は、彼の免疫機能を決定的に破壊した。救出された時には別人のように変わり果てていたと伝わるが、このときに発症した骨関節疾患と慢性感染症は完治することなく、晩年まで激痛と体調不良の種として残り続けたのである。