高橋恵子(旧芸名:関根恵子)が芸能界入りを果たしたのは1970年、わずか15歳(中学3年生)のときでした。大映が社運を賭けて製作した映画『高校生ブルース』の主演オーディションで数百人の応募者の中から抜擢され、スクリーンに登場した瞬間からその圧倒的な美少女ぶりが業界内外に激震を走らせました。
当時の大映は経営難に直面していましたが、関根恵子の登場によって映画館には若者から大人まで長蛇の列ができました。少女特有のあどけない透明感と、どこか憂いを帯びた大人びた色香が同居するビジュアルは、当時の映画雑誌の表紙を総なめにし、瞬く間に「大映最後の看板女優」としての地位を確立したのです。
続く主演映画『おさな妻』でも社会現象を巻き起こし、ゴールデン・アロー賞新人賞を受賞。後年のインタビュー手記において、本人は当時の過熱ぶりについて「自分が自分ではないようなスピードで世界が回っていた」と振り返っていますが、銀幕に焼き付けられた彼女の美貌とみずみずしい演技力は、半世紀を経た今見ても全く色あせない輝きを放っています。