大久野島をめぐる一連のトラブルの根底には、現代人が抱く「生命の過剰な消費と自己投影的な愛玩欲求」が存在します。「可愛い動物を自分の所有下に置きたい」「弱い生き物を保護して自尊心を満たしたい」という心理は、家族社会学や心理学において自己と他者(あるいは自然環境)との健全な「心理的バウンダリー(境界線)」が喪失した状態と分析できます。
大久野島のうさぎたちは、人間の愛玩玩具ではなく、過酷な瀬戸内の風土の中で自活と死を繰り返す一個の生態系です。彼らに対して人間ができる最大の敬意は、無理に連れ去ることでも、際限なく甘やかすことでもなく、「適切な距離を保ち、無責任な介入を慎むこと」に他なりません。
この島を訪問するにあたり、自身がどのようなスタンスで臨むべきか、以下の客観的基準で自己チェックを行うことが求められます。
- 大久野島を訪れるべき人:
- 野生動物の生態系を遠巻きに見守り、自然の摂理を尊重できる人
- 「触れ合えない・抱っこできない」という制約を快く受け入れ、写真撮影や風景との調和を楽しめる人
- 残った餌やゴミをすべて持ち帰るという、エコツーリズムの基本原則を徹底できる人
- 大久野島への訪問を避けるべき人:
- 「ペットのように抱きしめたい」「自宅へ連れて帰って飼いたい」という所有欲求を抑制できない人
- 負傷した動物や自然淘汰の厳しい現実を見て、現場のルールを無視した身勝手な救護行動に走ってしまう人
- 手持ちの生ゴミや余り物の菓子を与えて「喜んでいる」と自己満足に浸ってしまう人