梨園や邦楽の世界では、親が子の進路を幼少期から厳しくレール敷くケースが少なくありません。しかし、えい子さんの子育ては「子どもの自主的な情熱をとことん信じる」という、極めて現代的かつ健全なスタンスでした。
尾上右近さんは幼少期に祖父・六代目尾上菊五郎の記録映像を見て衝撃を受け、「自分は歌舞伎役者になりたい」と強く志願しました。家元を継ぐ三味線・浄瑠璃の道ではなく、他家の門を叩くことになる歌舞伎俳優への転身は、伝統芸能の世界では異例の決断です。しかし、母・えい子さんは息子の情熱を一切否定することなく、日々の稽古への送迎や体調管理、精神面でのケアを献身的に支え続けました。
テレビ特番の手記やインタビューで右近さんは「母はどんなに多忙でも、常に笑顔で一番の味方でいてくれた。愚痴を言っている姿を見たことがない」と語っており、家族全員がお互いを独立した人間として尊重し合う風通しの良さが伺えます。