芸能界入りのきっかけとなったのは、2011年、小学校6年生の春でした。本人が芸能界に憧れて応募したわけではなく、母親が事務所へ履歴書を送ったことがすべての始まりです。
本人が様々なメディアで語る有名なエピソードとして知られるのが、「オーディションに行くことを渋っていた際、母から提示された条件」です。母親から「全自動の鉛筆削り機を買ってあげるから」(時期によってはゲームソフトなどの提示もあったと回顧)と言われ、その魅力に惹かれて会場へ足を運んだという何とも純朴な理由でした。
会場に到着した永瀬廉は、ダンス経験もなく周囲の熱量に圧倒されていましたが、持って生まれたスター性と端正なルックスは審査員の目を釘付けにしました。2011年4月3日、晴れて事務所に入所。ここから関西ジャニーズJr.としての激動のキャリアが幕を開けます。
入所後間もなく頭角を現した永瀬廉は、西畑大吾らとともにユニット「なにわ皇子」を結成。関西テレビの番組や大阪松竹座の舞台で場数を踏み、歌やダンスだけでなく、MCとしての進行力やトークの瞬発力を徹底的に叩き込まれました。「前に出なければ埋もれる」という厳しい関西Jr.の現場環境が、転校生活で培った観察眼と結びつき、現在の頼もしいトーク力の礎となったことは間違いありません。