フジテレビを退社後、フリーとなった彼女が足を踏み入れたのが、テレビ朝日が社運を賭けて立ち上げた『ニュースステーション』だった。メインキャスターの久米宏とともに番組の骨格を担う存在として白羽の矢が立ったのだ。
1985年の放送開始当初、スタジオは日常的に火花が散るような緊張感に包まれていた。エンターテインメントと報道の融合を試みる久米宏の軽妙な語り口に対し、硬派なニュースの芯をぶらさない彼女の姿勢。二人の異なる個性がぶつかり合い、共鳴することで、それまでの日本の夜にはなかった革新的な報道番組が形作られていった。予定調和を嫌う生放送の現場で、彼女は一歩も引かずに己の言葉を紡ぎ続けた。