インターネット上の掲示板やSNSでは、あ行苗字を持つ当事者たちによる切実かつユーモラスな告白が日々交わされている。長年メディアの取材現場で集積された証言やコミュニティのリアルな声を検証すると、教科書的な解説では見えてこない「日常の摩擦」が浮き彫りになる。
筆頭に挙げられるのが、幼少期から学生時代を支配し続ける「出席番号1番問題」である。 「新学期の自己紹介は必ずトップバッターで心の準備ができない」「健康診断や歯科検診で真っ先に診察室へ送り込まれる」「小テストの返却で最初に名前を呼ばれ、点数が周囲に筒抜けになる」――こうした体験談は、阿部氏や青木氏の間で枚挙にいとまがない。緊張に耐え抜く精神力が否応なく鍛えられるという副産物はあるものの、当事者にとっては長年の切実なストレス要因となってきた。
また、ネット上で根強く囁かれる誤解について、歴史的事実に基づき是正しておかなければならない。
誤解1:「珍しい苗字の持ち主は、全員が高貴な公家や武士の末裔である」
これは明確な誤りだ。1875年(明治8年)の「平民苗字必称義務令」が発令された際、苗字を持たなかった民衆に対して、地元の戸長(現在の町村長)や寺院の住職が急ごしらえで命名したケースが膨大に存在する。近隣の地形や植物から即興で名付けられた珍名も多く、「珍名=名門の血筋」という図式は歴史的事実に反する。
誤解2:「珍しい苗字の特異な漢字は、由緒ある暗号である」
戸籍作成当時、手書きの筆記による役場の誤記・誤写、あるいは読めない変体仮名を戸籍係が勝手に既存の漢字に当てはめたことで、偶発的に生まれた珍名が多数存在する。つまり、歴史の厳かな必然ではなく「事務処理上の偶然」によって固定化された希少姓が少なくないのが、公文書行政の実態である。