バセドウ病がもたらす打撃は、身体的消耗にとどまりません。当事者を深く苦しめるのが、甲状腺ホルモン異常による精神的変化です。過去に闘病を公表した歌手の絢香さんや星野源さんをはじめ、多くの罹患者が自著やインタビューで語っているのは、「理由のわからない焦燥感と、人格が変わってしまったかのような恐怖」でした。
闘病記の手記やSNS、患者コミュニティに集まる生の声には、切実な告白が溢れています。
「職場でも家庭でも、普段なら気にも留めない些細な言葉に激昂してしまい、あとから一人で猛烈な自己嫌悪に押しつぶされていた」
「夜中に心臓が激しく高鳴り、『このまま死ぬのではないか』という激しいパニック感に襲われて眠れなかった。心療内科で抗不安薬を処方されたが全く改善しなかった」
甲状腺ホルモンは脳内の中枢神経系にも直接作用し、ノルアドレナリンやドパミンの代謝速度を強制的に加速させます。本人の意志や精神的な弱さとは一切無関係に、脳が常に「緊急警報」を鳴らし続けている状態です。その結果、極度の焦燥感、易怒性(怒りっぽさ)、集中力の低下、不眠が引き起こされ、末期にはエネルギーが枯渇して重度のうつ状態へと転じます。
周囲からは「性格がトゲトゲしくなった」「情緒不安定で扱いづらい」と誤解され、人間関係に亀裂が入るケースが後を絶ちません。取材現場でも、離婚危機や離職に追い込まれた末にようやく内分泌内科を受診し、「病気によるホルモンの仕業だった」と判明して涙を流す患者が少なくないのが実態です。心の問題に見える事象が、実は血中の過剰なホルモンによって引き起こされているという事実を、社会全体が正しく認識する必要があります。