プリプリの名曲『ダイヤモンド』誕生秘話と2026年現在の真相

プリプリの名曲『ダイヤモンド』誕生秘話と2026年現在の真相

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1989年4月21日、プリンセス プリンセスの通算7作目のシングルとして世に放たれた『Diamonds<ダイアモンド>』。この歴史的一曲の制作経緯は、決して順風満帆なエリートコースから生まれたものではありませんでした。1983年の結成当初、「赤坂小町」というアイドルバンドとして意に沿わないデビューを余儀なくされた彼女たちは、事務所移籍や改名というどん底の挫折を味わっています。

女性だけで楽器を持ち、自ら楽曲を書き、骨太なロックを鳴らすスタイルは、当時の音楽業界では異例中の異例でした。「女の子バンドなんて長続きしない」という冷ややかな商業主義の偏見に抗うなかで、ヒットを義務づけられたタイアップ(ソニーのカセットテープ「HF-X」CMソング)の制作依頼が舞い込みます。

作曲を担当したボーカルの岸谷香(当時は奥居香)は、自著や回想録の中で「スタジオのピアノの前に座ったとき、降るようにメロディとリフが閃いた」と証言しています。締め切り直前という極度のプレッシャー下で瞬く間に紡ぎ出された疾走感あふれるメロディを受け取ったギタリストの中山加奈子は、バブル景気真っ只中の狂騒とは真逆の言葉を選び取りました。

高級外車やブランド品、豪華なディナーがステータスとされた時代に、中山が紡いだのは「冷たい泉に手を入れて」「ブラウン管」「針がおりる瞬間の胸の鼓動」といった、どこにでもあるありふれた日常のかけらでした。富や物質ではなく、自分たちが情熱を傾ける音楽や仲間との時間こそが何よりも輝く「ダイヤモンド」であるというメッセージは、等身大の青春を生きる若者たちの琴線を激しく揺さぶったのです。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。