三木谷浩史氏の妻である三木谷晴子夫人は、メディアへの過度な露出を厳格にコントロールしているため、世間一般では謎多き人物として語られることが少なくありません。しかし、経済界やIT黎明期を知る古参関係者の間では、「晴子さんがいなければ、今日の楽天エコシステムは存在しなかった」と断言されるほど、その存在感は際立っています。
晴子夫人は、1960年代半ばの生まれで、浩史氏(1965年生まれ)とはほぼ同世代にあたります。実家は大手総合商社の重役を務めた名家であり、幼少期から高い知性と国際感覚を育む環境で育ちました。出身大学は語学教育の最高峰として知られる上智大学外国語学部。卓越した英語運用能力とビジネス教養を武器に、バブル絶頂期の就職超難関であった日本興業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)に総合職クラスの待遇で入行しました。
当時の興銀は、日本興業の名の通り産業界の黒幕的存在として優秀な頭脳が集中していた「銀行の中の銀行」です。男社会の色彩が極めて強かった当時の金融界において、語学力と実務遂行力を兼ね備えた女性バンカーとして前線に立っていた事実だけでも、彼女が傑出した実力派エリートであったことが窺えます。