Q1:角替和枝さんの死因となった「原発不明がん」とはどんな病気ですか?
A1:原発不明がんとは、十分な検査を行ってもがんが最初に発生した臓器(原発巣)が特定できず、リンパ節や他臓器への転移巣だけが見つかるがんです。全がん患者の数パーセント程度に見られる希少がんで、原因の特定が難しいため治療法の選択肢が限られる傾向があります。角替さんは約1年の間、家族のサポートを受けながら懸命に治療を続けられました。
Q2:柄本明さんとの出会いや馴れ初めはどのようなものだったのですか?
A2:角替さんが所属していた「つかこうへい事務所」を離れた後、柄本明さんが旗揚げした「劇団東京乾電池」に参加したことがきっかけです。劇団の舞台を共に創り上げる中で互いの才能と人間性に惹かれ合い、1980年に結婚しました。演劇界きってのおしどり夫婦として知られ、私生活でも互いを一番の味方として認め合う関係でした。
Q3:息子である柄本佑さん・時生さんとはどのような関係でしたか?
A3:友人のように何でもフランクに話せる、非常に風通しの良い親子関係でした。角替さんは子ども扱いをせず、一人の人間として息子たちに接していました。二人が俳優になってからも過干渉にならず、要所で役者としての心構えを端的に伝えるなど、息子たちの自立心を何よりも重んじた教育を行っていました。
Q4:安藤サクラさんとは本当に仲が良かったのですか?
A4:非常に深い信頼関係で結ばれていました。安藤さんは角替さんを心から慕い、役者の大先輩として、そして人生の師として敬愛していました。朝ドラ『まんぷく』への出演を決断させた角替さんの力強い激励は有名で、角替さんが亡くなった後も、安藤さんは折に触れて義母から受け取った温かい教えについて語っています。