寛仁親王は、皇室の伝統継承や将来像に関しても極めて明快かつ独自の主張を展開した論客として知られています。特に2005年(平成17年)、小泉純一郎内閣の下で「女性・女系天皇」を容認する皇室典範改正の議論が活発化した際、親王は自らが会長を務める福祉団体の会報誌において、伝統的な「男系男子による皇位継承」の堅持を訴えました。
親王はその主張の中で、有史以来一度も途切れることなく続いてきた皇室の血統と歴史的重みを強調。皇位継承資格を男系男子に維持するための具体策として、以下の選択肢を提示しました。
- 旧宮家(1947年に皇籍離脱した11宮家)の皇籍復帰
- 元皇族の養子縁組を可能にする法改正
- 断絶した宮家の再興
皇族が政治的な制度論議に踏み込んだ発言をすることに対しては賛否両論が巻き起こりましたが、「皇室の歴史と伝統を守る責任がある」という親王の切実な危機感からの提言でした。この発言は、令和の現在においても続いている安定的な皇位継承を巡る議論の基点の一つとして、今なお重要な参照軸とされています。