長嶋家を巡っては、2007年に母・亜希子夫人が急逝して以降、メディアでたびたび「お家騒動」や「骨肉の争い」がセンセーショナルに書き立てられてきました。特に週刊誌各誌が報じたのは、長男・一茂氏と次女・三奈氏による、父の個人事務所「オフィス・エヌ」の主導権争いや、長嶋茂雄氏の商標登録、実家の遺品処分を巡る対立劇でした。
この激しい騒動の渦中、次男・正興氏と兄・一茂氏の間にも決定的な不和が存在するのではないかと噂されました。しかし、当時の関係者筋や家裁関係の動向を丹念に追跡すると、まったく異なる実態が浮かび上がります。
「遺品整理や権利関係で衝突したのは、実務を主導した一茂氏と、母親亡き後に父の介護と事務所管理を一身に担っていた三奈氏の間です。正興氏は当初から『父の財産や知名度に依存して生きていく気はない』という一貫した態度を取っており、遺産相続の取り分や事務所の利権争いには一切介入しませんでした。兄との関係についても、憎み合っているわけではなく、大人として互いの領域に干渉しない距離感を保っているだけです」
家族問題に詳しい司法ジャーナリストも、正興氏の立ち振る舞いを次のように評価しています。昭和を代表するスーパースターの家庭では、莫大な資産や肖像権をめぐって親族が泥沼の訴訟合戦に陥るケースが後を絶ちません。その中で、権利争いから明確に距離を置き、自ら実業界や大地に根ざした活動へシフトした正興氏の決断は、長嶋家の品位を保つ上でも極めて賢明な選択でした。