石原宏高氏の半生を紐解くと、他の世襲政治家とは一線を画す「リアリズム」が貫かれていることがわかります。単なる父親の知名度頼みではなく、彼自身が培ってきたビジネスと政策の現場感覚がキャリアの根底にあります。
学歴は絵に描いたような慶應育ちです。慶應義塾普通部、慶應義塾高等学校を経て、慶應義塾大学経済学部を1987年に卒業しました。卒業後に進んだ進路は、政治家の秘書ではなく、当時「日本経済の黒幕」とも称された日本興業銀行(現・みずほ銀行)でした。バブル絶頂期からその崩壊に至る激動の金融業界で、企業再生や巨額融資の現場に16年間身を置いた経験が、彼のリアリストとしての骨格を形成します。
2003年に興銀を退職して政界へ挑戦。2005年のいわゆる「郵政解散」選挙で初当選を果たし、自民党青年局長、環境副大臣兼内閣府副大臣、外務大臣政務官を歴任しました。そして政治キャリアの頂点とも言えるのが、2023年9月に就任した岸田文雄内閣での内閣総理大臣補佐官です。
担当分野は「国家安全保障に関する重要政策及び核軍縮・不拡散問題」。銀行出身ならではの冷徹なリスク管理能力と、外務政務官時代に培った外交パイプを買われての起用でした。G7広島サミット後の複雑な国際情勢下において、首相の意向を汲みながら防衛装備移転や経済安全保障の制度設計に汗を流した実績は、派閥を問わず永田町の実務派から高く評価されています。