深谷通信所を語る上で欠かせないのが、全国的にも極めて珍しい深谷通信隊の円形道路の存在です。地図アプリや衛星写真で見ると、まるでミステリーサークルのように綺麗な円を描く外周道路が存在します。この特異な形状は、軍事通信の歴史と密接に結びついています。
もともとこの地は、太平洋戦争中の1944年に旧日本海軍の送信基地「横須賀海軍通信隊深谷送信所」として建設されました。終戦後の1945年9月に米軍へ接収され、以降は在日米海軍厚木航空施設司令部の管理下で「深谷通信所」として極東地域の米軍通信を支え続けました。敷地が真円である理由は、中央にそびえ立っていた巨大な主アンテナから、周囲360度へ均等に無指向性の電波を送信するため、同心円状にアンテナ群とワイヤー(支線)を放射線状に配置する必要があったからです。
冷戦の終結や通信衛星技術の飛躍的進化に伴い、巨大な地上電信アンテナの軍事的重要路は低下しました。横浜市と市民による半世紀以上の粘り強い返還運動が実を結び、2014年6月30日に日米合同委員会を経て全域が日本へ完全返還されました。旧通信鉄塔などの施設は米軍の手によって解体・撤去されたものの、通信遮断を防ぐために設けられた直径1キロの外周道路だけが、当時の記憶を刻む土木遺構のようにそのまま残されたのです。