インターネット上の掲示板やSNSでは、時折「湘南純愛組は単なる古いヤンキーバトル漫画」「鬼塚は最初から無敵だった」といった表層的な捉え方をされることがあります。しかし、これらは作品構造の綿密な分析を欠いた誤解と言わざるを得ません。
第1の誤解は「鬼爆は最初から無敵のカリスマだったのか」という点です。作中初期の彼らは、極東高校を退学になり辻堂高校へ転入してきたものの、女子高生との出会いを求めて空回りし続ける「冴えない落ちこぼれ」として描かれています。彼らは生まれつきのスーパーヒーローではなく、自らの弱さや孤独に直面しながら、理不尽な暴力や裏切りを乗り越える過程で泥臭く強くなっていったキャラクターでした。
第2の誤解は「暴走族を美化・礼賛しているだけではないか」という批判です。本作を注意深く読み解くと、暴走族の内部抗争における陰惨なリンチ、薬物問題、抗争の果てに残る虚無感など、不良社会のダークサイドが生々しく描かれています。作者の藤沢とおるは、ヤンキーのカッコよさを描きつつも、最終的には「そこから抜け出し、まっとうな大人へと成長していくこと(暴力からの脱却)」を物語の真のゴールに据えていました。