ネット上の情報や食通を自称する言説のなかには、歴史的根拠を欠いた誤解も少なくありません。その最たるものが「せいろそばは昔、蒸して食べていたからせいろと呼ぶ」という説の解釈です。
確かに蕎麦の黎明期(戦国〜江戸初期)には、蕎麦粉のつなぎの技術が未発達だったため、麺が切れないよう「蒸籠で蒸してそのまま提供する(蕎麦切り)」調理法が存在しました。しかし、江戸中期に小麦粉をつなぎに使う「二八蕎麦」の製法が確立されて以降は、完全に茹で麺へと移行しています。現在の蒸籠は、茹で上げた麺の「水切り器具」および「風情ある盛り付け容器」としての役割のみを引き継いでおり、麺そのものを蒸しているわけではありません。
また、「ざるそばを注文して海苔が乗っていなかったら偽物だ」というクレームも典型的な誤認です。一部の老舗では、あえて海苔を散らさず、本みりん仕立ての専用つゆと竹ざるの器だけで「ざるそば」として供する店が今も現存します。「海苔は明治以降の記号に過ぎず、本質はつゆと竹の器にある」という原点回帰の姿勢を貫いているからです。
【プロの結論】おすすめできる人・慎重になるべき人の判断基準
蕎麦屋で注文に迷った際、後悔しないための明確な選び方の基準を提示します。どちらが優れているかではなく、「その日の自身の味覚が何を求めているか」で選択することが肝要です。
もりそばを選ぶべき人:
- 新蕎麦の時期など、蕎麦粉本来のナッツのような穀物香や繊細な甘みをダイレクトに味わいたい方
- 醤油のキレが立った辛口のつゆを、蕎麦の先端に三分ほどだけちょんと浸けて手繰りたい江戸前の流儀を好む方
- 純粋なコストパフォーマンスを重視し、無駄なトッピングを削ぎ落として蕎麦の盛り量そのものを楽しみたい方
ざるそばを選ぶべき人:
- 老舗の名店を訪れ、本みりんが醸し出す角の取れたまろやかなつゆのコクを堪能したい方
- 上質な海苔のアミノ酸(旨味成分)と出汁のイノシン酸が口の中で融合する、豊かな味の重なり(シナジー)を愛する方
- 水切れの良い竹ざるの上で、最後までふやけず引き締まったコシをキープした麺を楽しみたい方