猿翁の出奔によって実父と断絶状態にあった香川照之。1989年に香川が俳優デビューした際、父を訪ねたものの「お前は息子ではない」と冷たく突き放されたエピソードは広く知られています。
しかし、その頑なだった父子の雪解けのきっかけを作ったのもまた、藤間紫の存在でした。関係者の証言によると、紫は生前、猿翁に対して「いつか照之さんを歌舞伎の道に迎え入れ、團子(香川の長男)に名跡を継がせなければならない」と繰り返し語りかけていたとされます。
2009年に紫が85歳で逝去した際、香川照之は弔問に訪れ、棺の前で深々と頭を下げました。紫の死後、猿翁と香川親子は45年ぶりの完全和解を果たし、2011年には九代目市川中車、五代目市川團子の襲名へと至ります。現在、紫派藤間流の三代目家元を紫の実孫である藤間爽子が継承し、團子とも深い芸の絆で結ばれている背景には、紫が生涯をかけて蒔いた「和解の種」が実を結んだ形と言えます。