『卒業』が40年以上の歳月を経ても古びない決定的な理由は、歌詞の意味と解釈の重層性にあります。表面的な言葉遣いだけを見れば、大人や教師に対する反抗、校則への不満をぶちまけた「ツッパリ文化の歌」と受け取られがちです。しかし、楽曲の後半で提示される問いかけこそが、この曲の本質です。
楽曲の終盤、尾崎は次のように歌い上げます。「あと何度自分自身 卒業すれば 本当の自分に たどりつけるだろう」。この一節によって、歌の主題は「学校という物理的な檻からの脱出」から、「人生を通じて繰り返される自己変革の苦悶」へと鮮やかにシフトします。
学校を卒業して自由を手に入れたはずの若者が直面するのは、社会というさらに巨大で不可視なルールでした。「支配されまい」と抗いながらも、次の支配機構へと自ら歩みを進めてしまう人間の矛盾。尾崎はこのジレンマを10代にして鋭敏に察知していました。彼が歌った「支配」とは、教師個人のことではなく、人間を画一的な枠組みに押し込める社会システムそのものだったのです。
音楽面における工夫も見逃せません。アコースティックギターのコード進行は、キーCを基調としながらも、Fadd9やAm7、さらにはベースラインが滑らかに下降するオンコード(分数コード)が多用されています。これにより、激しい激情の叫びの背後に、どこか壊れそうな脆さと淡い切なさが同居する独特の音像が構築されています。コードをかき鳴らすギターのストロークが、単なる怒りではなく、哀愁を帯びた祈りのように響く理由がここにあります。